危険な車道を歩く認知症女性を保護した話

2022年のクリスマスイブに、車道を歩く認知症女性を保護して警察に引き渡しました。

備忘録として以下に記します。

クリスマスイブに認知症女性と出会った話

2022年12月24日土曜日。午前11時頃の話です。

私は夫とクリスマスのパーティのための買い出しに出かけました。

買い出しを手短に済ませた後、早く家に帰ってご馳走を作らなければと、帰宅後の手順をシミュレーションしつつ夫の運転する車の助手席から外を眺めていました。

車が、ある高架下を通りました。

その道は地元の人が抜け道に使う、人気のない道路でした。
車道の幅が狭くカーブがきつい道路ですが、スピードを出す車が多いので、私が運転するときには避ける道です。

そんな危険な道路にも関わらず、車道を歩く高齢女性がいました。

細身の体に着崩した薄手のパジャマとベストを纏い、足元は乱れた履き方の靴下とサンダルを履いています。
白髪が大量に混ざっているグレイヘア。肩くらいの長さの髪は、寝ぐせなのか一部が明後日の方向に流れていました。手にはなぜか懐中電灯を持っています。

薄暗い高架下のカーブで見通しが悪い道だったこともあり、女性の存在に気が付くのと同時に車は女性の横を通り過ぎました。一瞬のことでしたが、女性が焦点が合わない様子でボーっと歩いているのが分かったこと、また、すぐ横に頑丈なフェンスが設置された歩道があるにも関わらず、車道を歩いていることに違和感がありました。

恐らく女性は認知症……?

そんな考えが過りました。

女性の横を通り過ぎてすぐに夫に「あの女の人、あのままだと危ないかも。車止めて」とお願いしました。

危険な車道を歩く女性が「頭空っぽなの」という理由

夫は女性について「人が車道を歩いている」くらいの認識だったようです。

「なんで? 車止めてどうするの?」と聞いてきました。

「認知症の人かも。この道危ないし、迷子かもしれない。声かける」というと、「声かけてどうするの。麒麟(私)も危ないよ」と心配されたものの、「止めて」と再度お願いすると車を止めてくれました。

車を降りて、女性の元に向かいました。

やはり車道はスピードを出した車がビュンビュンと通り過ぎていきます。できれば歩道を歩いて女性の元に向かいたかったのですが、歩道のフェンスは車道から人が入ることを想定していないようで、十数メートルもの間切れ目がありませんでした。

仕方がないので私も車道を歩き、女性の元に向かいました。

女性を驚かせてはいけないと思い、女性の進行方向の大分手前から、明るく声をかけてみました。

「こんにちはー。どこかにお出かけですか?」

私は警察24時の番組が大好きです。各局の類似番組を録画して見ています。
警察の方ならどう声をかけるか、を思い浮かべて声をかけました。

女性はすぐに私に気が付きました。

目の焦点はあまり合っていない印象でしたが、顔をあげて視界に私をとらえ、答えました。

女性:「家に帰るの」

私:「お家はこのあたりなんですか?」

女性:「そう、すぐそこ」

私:「ひとまず車道を歩くのは危ないので、歩道に入りましょう」

女性を驚かせないよう、体に触れないようにして背中に私の腕を回し、車道を走る車に「人が歩いているので避けて」とアピールしながら暫く歩いて歩道に入りました。夫が「危ない」と心配した意味が分かります。

私は警察24時のファンなだけで特別な知識があるわけではありませんし、医療や介護の知識もありません。
女性の言うように家がこのあたりなのだろうかと思いましたが、本当に家が分かっているのか怪しくも感じられました。

私:「私も家までご一緒しますね」

例えば私が散歩中に道で声をかけられて、「家まで着いていく」と言われたら恐怖ですし、子どもが大人に言われたら警察に通報ものだなと思いましたが、あえて言いました。

すると。

女性:「このあたりなんだけどね。わからなくなっちゃった」

ん?

女性:「頭空っぽなの」

女性は小さな声で淡々と呟きました。

懐中電灯と女性の心

やはり。
この女性は認知症だと確信しました。

私:「そうなんですね」

女性:「わからなくなっちゃった。頭空っぽなの」

女性は小さな声で同じ言葉を繰り返します。

私:「家の場所が分からないんですね」
女性:「わからなくなっちゃった。でもこれ持ってるから大丈夫」

そう言って、女性は持っていた懐中電灯を示しました。
そして「これがあれば大丈夫」と女性は何度か繰り返しました。

見通しのきかない暗い道でも、懐中電灯があれば照らしてくれる。きっと行くべき道がわかるはず……。女性の心理状態を表しているのだろうかと想像しました。

或いは昔、何かのシチュエーションで「懐中電灯があれば大丈夫」と安心した記憶があるのでしょうか。

「そうなんですね。私も懐中電灯好きですよ」なんてとんちんかんな返答をしてしまいました。実際、マグライトという懐中電灯が好きで、数個集めていたことがあるのです。丈夫でフォルムが綺麗ですよ。

私:「お名前を教えてもらえますか?」

試しに聞いてみました。瞬間的に「名前わかりますか」という聞き方が頭に浮かびましたが、失礼に当たると思い「教えてもらえますか」と聞きました。

女性:「……川端……川端さくら。……違う。川端初音。川端清…川端初音だ。川端初音」(※全て仮名)

女性2名と男性1名の名前が出てきました。女性はどれが自分の名前かと迷っているようでしたが、最終的には自分に言い聞かせるように「川端初音」と言いました。

もう一人の女性の名は若い方に多い名前でしたので、娘だろうか。男性の名前は年配の方に多いので、女性の夫だろうかと想像しました。

女性は寒空の下薄着でしたので、日の当たる場所に誘導しました。少し先の路肩に車を停めて待っている夫に電話をかけて、車に積んでいるブランケットを持ってきてほしいと頼みました。

女性は「頭空っぽなの」と繰り返しながら、どこかに行く気配もなく立っています。

私:「お家がどこにあるか調べてくれる方に連絡しますね」

そう女性に伝えて、110番をしました。

女性を保護し、警察に通報

「事件ですか事故ですか」の確認があり、「年配の女性を保護しました。家が分からなくなったとおっしゃっています」と伝えました。認知症の可能性が濃厚でしたが、女性の前でそう言って傷つけることがあってはいけないと思い、認知症の言葉を避けました。

警察:「認知症の方ってことですか?」
私:「そうだと思われます。川端初音さんとおっしゃられています」
警察:「わかりました。そちらに向かいます。住所を教えてください」

え、住所? ここ、どこ?

地元人が抜け道として使う道であり、普段通り過ぎるだけなので大体の住所はわかるのですが、詳しい番地はわかりません。
住宅街のため目印になる建物が近くにありませんでした。私が戸惑っていると、警察の方が「近くの電柱に番号が書いてありませんか」と聞いてきました。

電信柱には電柱管理番号があり、その番号が分かれば位置を特定することができるのだとか。

しかし近くにある電柱にはそれらしいものが見つけられませんでした。(あったのかもしれませんが、意味不明な番号に感じられて目に入らなかったのかもしれません)
私が女性の元を離れて遠い電柱を見に行こうかと思いましたが、女性を一人にすることに少々不安が残ります。

仕方がないので「アプリで調べるので少し待ってください」とお願いし、スマートフォンで調べて番地を伝え、電話を切りました。

ちょっと考えれば住所が必要だと分かるのに、女性との会話に夢中で忘れていました。次回同様のことがあれば、必ず調べてから通報することにします。

そこにブランケットを持った夫がやって来ました。女性の身体にブランケットをかけて、これから警察が来ることを伝えました。

警察が中々来ない

警察は中々来ませんでした。

夫は駐車禁止の道路の路肩に車を停めていましたので、一旦私と女性の元を離れて、車を別の場所に移動しました。

寒い日でした。
女性にブランケットをかけたものの、まだ寒いはずでした。

私:「寒くないですか?」
女性:「……寒くない。寒さを感じないの」

と小さく答えました。

車に乗せて温まってほしいと思いました。車に乗せるならそのまま警察署に送り届けても良いのではとも考えましたが、誘拐の疑いがかけられる可能性があることに気づき、やめました。

私:「今日はいい天気ですね」
女性:「いい天気……」

私:「どこかに行かれる予定だったんですか?」
女性:「毎日散歩するの」
私:「散歩、いいですね。運動になりますから」
女性:「毎日散歩するの」

私:「お家には家族がいらっしゃるんですか?」
女性:「家族いない。みんな死んじゃった。一人暮らし」

私:「そうなんですね。ずっとここら辺にお住まいなんですか?」
女性:「そう。家は〇〇駅と〇〇駅の間なの」

女性は私の問いかけに答えてくれましたが、どれも答えた後に何度か繰り返して呟いていました。

これだけ認知症が進んだ女性が、一人で住むなんてことあるのでしょうか。
身寄りがない場合はあり得るのか……いや、生活が成り立たないだろうと想像しました。

通報から15分経っても警察は来ませんでした。

夫は近くまで警察が来ているかもしれないと周囲を見て回ってくれましたが、それらしき姿はありません。

女性を保護するんだから、パトカーで来るよね?
緊急ではないのだから、サイレンは鳴らさない? だから時間がかかるのかな?

高架上にも住宅地があり少々わかりにくい場所でしたので、地図アプリで調べて伝えた住所が間違っていたのかもと心配になり、18分経つ頃に再度110番に電話をかけてしまいました。

先ほど対応してくれた方が出て、住所の確認をした後、「もう数分で到着予定なのでお待ちください」と伝えられました。

保護歴アリの高齢女性

言われた通り、ほどなくしてまずスクーターに乗った警官が到着しました。

そしてすぐにパトカーも到着しました。
やはりサイレンは鳴らしていません。

警官同士が私が通報時に伝えた女性の名前を挙げて「保護歴アリの女性」と情報共有をしていました。

保護歴があるということは、女性を探している方がいるという事です。
恐らく一人暮らしではないのでしょう。もしかしたら家族がいるけれど、家族という認識がなくなってしまったのかもしれない。或いはどこかの施設から脱走したのだろうかと想像しました。

女性にかけているブランケットは私の物だと話すと、警官はバイクに載せていた撥水性コート(恐らく雨天時などに警官が着るもの)を出して女性に着させ、ブランケットは返却されました。

・保護に到った経緯
・保護した場所
・名前を女性が自分で言ったのかの確認
・保護した人(この場合は私)の氏名、生年月日、住所、電話番号

これらを警官に聞かれて答え、引き渡しは終了しました。

最後に女性に「温かくしてくださいね」と挨拶をしましたが、女性はボーっと前を見つめて「頭空っぽなの」と呟いていました。

現在地を調べてから通報を

車で帰宅するまでの間に、家で留守番している子どもたちから「遅い!」と怒りの電話がかかってきました。
クリスマスパーティに心を躍らせている子どもたちには、待遠しかったようです。

通報から引き渡しまで30分程度でした。
警察が到着してからは数分で終わりました。

クリスマスイブの、寒いけど晴れた日の昼間に、懐中電灯を持って帰るべき家を探して歩く女性とその家族を想像し、少し切なくなりました。

またあの女性と会うことがあれば、何度でも協力しようと思いました。

また、協力してくれた夫に感謝しました。
私一人だったら、車を停める場所を確保することが難しかったでしょうから。

次回同様のことがあったら、現在地を調べてから通報します。

備忘録でした。

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