寂れた遊郭と遊女と老婆・置屋前を通った女が感じた異様な空気

遊郭に辿り着く前の長い経緯

確か7月かそこらの、ある日の昼間。
その日は前日から打って変わって、ぐっと暑くなった。

ある女性が体調を崩した。

外出ができず食事の用意ができないと聞いて、自宅で作った何食分かの食事を持って彼女の家に向かった。

その女性と私は顔見知りだったが、親しくはなかった。

女性の体調不良を私に知らせたのは、別れて少し経つ元彼だった。
彼の頼みで向かうことにしたのだ。

元カレと別れてから少しの間、私は呼び出されるたびにのこのこと彼の家に通っていた。

付き合っていたころは彼の束縛が酷かったし、私も感情のコントロールが上手くできない頃だったので、一緒にいても楽しくなかった。
別れてよかったと思いつつ、生活圏に彼の姿が見える状態だったので未練があったのだと思う。

しかしじきに元カレが別の女性と関係を持っているらしい噂を聞くようになった。
それがその女性だった。

彼女も当時別に彼氏がおり、同棲していたが上手く行っていないらしく、じきに別れたようだった。

彼女が私の元カレを好きなことは、二人が一緒にいる時の表情で分かった。

二人がいっしょにいる姿を見たのをきっかけに、私は元カレからの誘いを断るようになった。

その後、彼女が足しげく元カレの家に通っているらしい話が多方から聞こえてきた。
このまま二人が付き合うのだろうと思っていたが、そうはならず、相変わらず元カレの誘いはしつこかった。

どういうつもりなんだ、くそ野郎。
私のことも彼女のこともナメてるのか。ふざけるな。

元カレに嫌悪感を募らせて、またしても誘いがあった時に「ふざけんなよ。あの子大事にしてやれよ。次にまた私に声をかけてきたら、周囲にお前がやってきた不誠実なことをぶちまけてやるからな」と伝えた。

因みにこの元カレが、以下の記事に出てくる、風俗店で働く当時の彼女を辞めさせようとして病んだ男。

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以来、元カレが誘ってくることはなくなった。

そして馬鹿正直な元カレは、私を誘っていたことを以前から彼女に話していたらしい。
彼女は私が元カレをぶった切ったことを好意的に受け止めたようだった。ありがとうと言わんばかりに抱き着かれた。

色々と意味不明な状態が続いたのちに、さらに意味不明な事態が訪れる。

それが「彼女の具合が悪くなったから、彼女が一人で暮らす家に何か差し入れてくれないか」という元カレからの依頼だった。

お前がいけ。

と誰しもが思うだろうが、当時元カレはさらに別の女性にも手を出しており、忙しかったようだ。
私と別れた後、元カレはたがが外れたように乱れていた。

その日私は珍しく暇で、ちょうど誰かに会いたいと思っていた。
確かその時には私に次の彼氏がいたように思うが、あまり覚えていない。

とにかく炊き込みご飯やシチューやおかずやらをいくつも作って、彼女の家に出かけた。

彼女の家には行ったことがなかった。
住所は聞いたが明確な位置が分からず、探しながら進んだ。

当時はまだガラケーで、今のようにGPSでリアルタイムで地図を見るのは難しかった。

家に到着して彼女の顔を見ると、思いのほか元気そうだった。

元カレのやつ、話を盛りやがったな。

食べるのが好きな彼女だったこともあり喜んで差し入れを受け取ってくれたので、まま満足してその場を後にした。

家をでると、あたりのアスファルトに陽炎が見えた。
滅多に来ない場所だったので、探索しようとしたのか、来た道を戻ろうとして迷ったのかはっきりとは覚えていない。

とにかく私は、川にかかった橋を渡った。

平日昼間・寂れた遊郭と遊女と老婆

橋を渡ると住宅街に入った。

道幅は6mとか、せいぜい8m程度だったように記憶しているが、何せ16年ほど前の記憶なので定かでない。

滲み出る汗に不快感を感じながら歩いたように思う。

私は昔から建物を見るのが好きだ。
古い建物も、新しい建物も、外壁や柵、植栽の入れ方なども見て歩いた。

傍から見たら、キョロキョロと落ち着かない怪しい人物だったろう。

普段からそうなのか、ぐっと暑くなった日だったからなのか、人気は全くと言っていいほどなかった。
前にも後ろにも、歩いているのは私だけだ。

ふと、塗り壁か石造りの白い壁の家を通りかかった。

暖簾がかかっているが、玄関が全開で中がよく見える。

ドキリとした。

覗き込もうとしたわけではないのだが、建物を観察していた流れで見てしまった。

玄関入ってすぐの小さな椅子に座る腰の曲がった老婆と、その奥、玄関の框付近に敷いた座布団に座る若い女性が目に入った。

若い女性は浴衣なのか着物なのか、海外映画が日本の着物と間違って着せるような“なんかちょっと違う”物を乱して着ていた。

非常にだるそうに、足も腰も肩も崩しているような座り方だった。
老婆が何を着ていたのかは覚えていない。

咄嗟に視線を逸らした。
とても怖かった。

女性は生気が感じられなかった。
老婆もそこにいるだけの存在だった。

ただ、

何見てんだよ。

という威圧感を強く感じた。

陽炎が立つほど暑かったからか、一瞬だけ見た老婆と女性の記憶は、服の色も含めて土っぽい印象が残った。

置屋前を通った女が感じた異様な空気

すっかり道に迷った私は、友人か、当時の彼氏かに電話をして笑い話をしながら歩いた。
誰に聞かれているかわからなかったので、つい先ほど遭った異様な光景を話せずにいた。

どうにか駅につき、家に帰りつくことができた。

当時の私は、それが遊郭だと思わなかった。
遊郭はとっくの昔に終わっているものだと思っていたからだ。

単に、全開にした玄関で涼んでいる異様な親子、或いは孫かと思っていた。

怖かった。

それだけの記憶が残っていた。

暫くして遊郭の写真を見た時に、それだったことを知った。

知人に話すと、私が迷った辺りは遊郭があったはずだと教えてくれた。

そして今日、改めてこの経験を思い出した。
すっかり時間が経っているものの、今わかる限りを備忘録として書き出しておこうと思った。

しかしどれだけ調べても、あの辺りの遊郭の情報が出てこない。

確かにあのあたりに遊郭があったらしいが、私が経験をした16年前よりずっと昔、35年とか40年ほど前に解散しているという情報しかなかった。

現地を散策し、写真付きで載せているサイトをいくつも見たが、私の記憶にある建物は見つからない。
お陰ですっかりパソコンの検索履歴が「遊郭、花街、置屋、風俗、新地」で埋まってしまった。

Googleアースで見てみても、やはり見つからない。

あの建物は立て壊されてしまったのだろうか。

私が見たものは幽霊だったのか……と一時は疑ったが、よくよく記憶を呼び起こすと、若い女性はハローキティのタオルかクッションを抱えていたように思う。

幽霊がハローキティを持ち歩くイメージがないので、やはり違法風俗だったのかもしれない。

ここにきて「普通の民家でした」はないだろう。
「絶対に違う」と言い切りたいほど異様な空気だった。

大人になった今の私なら、あれが普通の民家でないことがよくわかる。

女が興味本位で遊郭を覗くべからず

女性達は、「若い女が興味本位で覗き込んでくるんじゃねぇ」と言いたかったのかもしれない。

7月の暑い日、性に乱れた人間関係をきっかけに、性の職場を垣間見た。

二度とあの橋は渡りたくない。

性の乱れは心の乱れを表すことがある。

自分を大切に。

 

 

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