東日本大震災の遺族を追ったノンフィクション「魂でもいいから、そばにいて」死者に会いたくて、会えなくて、会えた話

会いたいと思う、亡くなった家族はいますか?

私は飼い猫を亡くした二回と、祖父を亡くしたあとの一回、気配や音、実際に夢に出てきて会話をする経験をしています。
会いたい欲求が幻想を見せたのだと思う方もいると思いますが、そうでないと言い切れる例があります。

2011年に起きた東日本大震災後、約2割の方が亡くなった家族の気配や実際の姿を見ている例が報告されました。

体験者を取材したノンフィクション本が2017年に発売されています。
その本の内容と感想を実体験と照らし合わせてお知らせします。

死者の気配の体験談

私が初めて亡くなった命の気配を感じたのは、18歳の時に亡くなった飼い猫の死の後でした。

産まれた時からそばにいた猫

私は大学進学で実家を出ており、飼い猫は実家で亡くなりました。

実家に居場所がなかった私は、猫が支えでした。

19歳という高齢だったので、猫が何かを追うような視線で白い壁を見るたびに、死神のような何かが猫を連れに来てしまったのではないかと怖くなり、猫を抱えながら、「あっちに行け、どこにも連れて行かないで。」と心で思っていました。
猫も私を慕ってくれていて、一人でいる私の側にずっといました。

大学に通い始めて1か月と少ししたころに亡くなり、大往生で仕方ないことだとわかっていましたが、しばらく思い出しては泣いていました。

亡くなって少ししたころ、夜眠ると枕元を歩く猫の気配がありました。寝ている私の頭や耳の臭いを嗅ぎ、ふんふん、という息遣いまで感じるのです。それは私が実家を出るまで毎晩繰り返されていた行動でした。

「ああ、来たんだね。おいで。」と眠くて目を閉じたまま布団に入れるようめくり上げますが、一向に入ってくる気配がありません。

「どうしたの。」と薄目を開けて初めて、「そういえばここは実家ではないし、猫は死んだんだ」と気が付きます。

それは毎晩のことではありませんでしたが2、3週間続いたように思います。
気がついたらなくなっていました。

先住猫の死

次に感じたのも猫の死の後でした。

私も夫も独身時代から猫を飼っており、結婚して人間二人、猫二匹の家族となりました。

私と夫の間に長女が生まれ、次女が産まれた4か月後に夫が飼っていた猫(仮名を先住君とします)の病気がわかります。

手を尽くしますが「(もう助からないので)治療でストレスをかけるより、自宅でゆっくり最期を過ごす方が先住君のため。」と獣医師に言われ、最後の時を家族でゆっくりと過ごすことにしました。

治療を諦めてから亡くなるまでは先住君を中心に生活しました。

日ごろから夫にべったり甘えていた先住君は、夫に抱っこされて幸せそうでした。

死の前日、夫は先住君を抱っこして暖かい日の当たる縁側に出ました。
夫は先住君が白く輝いて見えたと言います。

私は夫と先住君を家の中から見ていましたが、確かに先住君の体の輪郭が白く光って見えたのを覚えています。
先住君は黒毛が大半のブチ柄だったのですが……。

亡くなる晩、夫は夜勤で不在で、私が先住君を看ていました。

亡くなるのは今か今かと気の張った生活が続いていて、生後4か月の次女の夜泣きもあり、3日近くまともに眠れていませんでした。

その晩、深夜に先住君を看に行くと、久しぶりに私に怒って見せました。
「良かった。今夜は元気がある。夫が帰ってくるまで亡くなることはない。」と安心して眠りにつきました。

明け方帰宅した夫に起こされ、先住君が亡くなって硬直していることを知らされます。

看取ろうと決めていたのに、一人で逝かせてしまったことに後悔が残りました。
死の瞬間を目の当たりにする怖さもあったため、先住君に申し訳なく思う気持ちが残りました。

「麒麟が死の瞬間を怖いと思っていたのなら、見ないように撥ねつけた先住君の優しさだったのだから、看取れなくてよかったんだ。」
夫にそう言われて、少しずつ落ち着いていきました。
死後一週間程度した頃、一階の居間にいると、二階からドトン! という音が響きました。
それは二階の押し入れを好んでいた先住君が、押し入れから降りる時に出す足音そのものでした。
最初に音を聞いたのは、私だけでした。
気のせい? 先住君がいるの?
二階に上がりましたが、もちろん姿はありません。
先住君が定位置にしていた押し入れの布団には、先住君が乗った跡がありましたが、亡くなってから一切触っていなかったこともあり、そのせいだと思いました。
幻聴だったのかな。
そう思い普段通りの生活に戻りました。
すると翌日だったかその翌日だったかに、またドトン! という音が響きました。
その時には当時3歳の長女と私が独身時代から飼っている猫(仮名ツチノコ)も一緒にいました。長女は天井を見上げて、「先住君だ!」とはっきり言いました。
ツチノコも上を見上げて、心なしか驚いた表情をしているように見えました。
やっぱり先住君がいるんだ。
ドトン! という音はその後も一か月以上続きました。
押し入れの襖は閉める気にならず、開けっ放しにしていました。
相変わらず先住君の体の跡が残っていました。
変化があったのかどうかはよくわかりませんでした。
家族の中では一番最後でしたが、夫もドトン! を聞くようになりました。
「先住君がいるね。」と家族で話していました。全く怖くありませんでした。
夜眠るときに布団に入ってこようとする気配や、布団の上を歩く気配も感じるようになりました。しかしそれも一か月半程度経つと、気づかないうちになくなってしまいました。

祖父の死

数年前、仲の良かった祖父が亡くなりました。

幼い頃から祖父母の家に長期で世話になることが多く、社会人になってからも度々訪れては一緒に酒を飲んで話しをしました。
大好きな祖父でしたのでショックはあったものの、亡くなる2年も前から食べ物の味がしないとか、呼吸がしずらい生活をしていて、「死んだ方がマシだ。」と本人が言っていましたので、早く楽になってほしいとも思っていました。
祖父が亡くなったあと、親戚間で若干のゴタゴタがありました。
原因は私の母の性格でした。もともと意見を袖にされてきた私に、できることはありませんでした。
親戚のゴタゴタの話しを聞きながら、落ち着かない日々を過ごしていました。
祖母は祖父に頼り切りなところがありましたから、祖父は祖母を一人にしないよう、耐えて耐えて精神力で永らえていたように感じていました。
亡くなってもなお、祖母を心配しているように思いました。
祖父の49日を迎える前に、私の両親と祖母の同居が決まりました。
両親はかなり激しい性格なため、祖母と母が実の母子とはいえ、祖母のストレスにならないだろうかと心配でした。
しかし私が祖母に助言しても、全く心配するそぶりはなく、話が進んで行きました。
祖父が亡くなって2か月近く経つ日のある晩。
いつものように眠り、何かの夢を見ていました。するとパッと夢が分断され、白い空間が現れました。
祖父が白か、黄色っぽいポンチョのような服を着て、真正面に私を見て立っていました。
「おじいちゃん、どうしたの?」と心で思いました。
祖父の背後から光のようなものが見えました。
足元には、小さな犬がいたように思います。

祖父は一言、「じゃ、行くわ。」と言って後ろを向き、足元の犬らしき影と一緒に消えました。

あれ、おじいちゃん、死んだよね?

そう思うと同時に目が覚めました。
足元に居たのは、15年か、20年ほど前に死んだ、最後のペットである小型犬だと思い出しました。

突然現れて、一言いっただけで去っていく姿は、祖父の性格そのものでした。

カラーで、夢らしくない夢でした。

とても夢だと思えなかった私は、祖母に電話で伝えました。
祖母は喜びました。「会いたいのに私には会いに来てくれない。」と少し寂しそうでもありました。思いが強すぎると現れないと聞くので、祖母の前に現れるにはまだ時間がかかるように感じました。

あの夢は今でもよく覚えているのですが、背後の光で祖父が着ていたポンチョの稜線が光って抜けて見えました。
それは先住君が亡くなる前日に、縁側で見た姿とよく似ていました。

実体験

私が体験した不思議な話はこの3件と、☟こちらに書いた話です。自分が体験している分、こういった気配や「知らせ」はあるのだと思っています。

東日本大震災その後のノンフィクション・魂でもいいから、そばにいて

「魂でもいいから、そばにいて」という本をご存じでしょうか。

2011年にあった東日本大震災のあと、家族を亡くした人たちの2割程度が、亡くなった人の気配がする、姿を見るという経験をしていました。それをある医師がノンフィクション作家、奥野修司さんに伝えます。

医師に求められ、しぶしぶ奥野さんは取材を始めます。

取材を進めていくと、立証しようがないけれど決して嘘ではないと感じるようになります。その証言を集めたノンフィクション本です。

〇 会いたくて会えなくて、何年も苦しんで、3年後に現れる亡くなった子どもの気配。

〇 妻と娘を失い、失意のあまり死にたいと思っていた男性の前に現れた妻が、待ってるから。信頼しているから。と声をかけ、生きる勇気をもらう話。

〇 自分以外の家族が亡くなり、生きる希望をなくした女性に、ある知らない女性が突然、亡くなった両親があなたに伝えたがっていることがあると声をかけてくる話。

〇 遺体安置所の棺に青い光る球が見えた話。

〇 近所の住人に、亡くなったご主人があの場所に立っているのを見るよ、と言われ、夫に会いたくてその場所に通う妻。

証言者のほとんどが津波で家族を亡くしており、自身も命からがら助かったという壮絶な経験をされている方もいます。

これは戦争映画などにありがちな、作られた美談ではありません。
証言者にあった、ただの事実です。

あの時、こうしていればよかった。
もっとできたことがあったはず。
あの人の死は自分のせいではないか。

この本に出てくる方、そして本には出ていない多くの方たちに、深い後悔と自責を感じている人がたくさんいることを知ることができます。

これは東日本大震災に限らず、家族や恋人、知人を、自死や不慮の事故、病気等で亡くした人たちに共通するものではないでしょうか。

故人の気配がする、ここにいる。そばにいることを感じる。でもこんなことを言ったら、頭がおかしくなったと思われる。会いたいのに会えてない人もいる。言いたいのに言えない。そんな悩みを抱える方を、救う本でもあります。

会いたい故人がいる方。
同じような経験をしたけれど、話すことに躊躇いがある方。
信じてもらえず、悲しい思いをされた方。

このような話に興味がある方は是非読んでみてはいかがでしょうか。



 

 

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