環境が子どもに与える影響・やんちゃ者の正義感に助けられた話

「やんちゃ」と言われる知り合いがいます。

大人になり落ち着く場合もあれば、反社会勢力と関わりその後の行方が知れない人もいます。
育った環境は人生に大きな影響を与えます。

私がこれまで出会ってきたやんちゃ者に思うこと、皆が避けがちなやんちゃ者の正義感に助けられた一件についてお伝えします。

優秀な不良が学校に行かない理由

小学校、中学校と地元の公立学校に進学する中で、一部の生徒がグレていきました。
グレるとは「少年や青年が反社会的、反抗的な行動をとるようになること」で、いわゆる“不良”になるということです。

大抵は小学校高学年で傾向が現れます。
中学生になると校内で暴れてガラスを割り教師に暴力をふり、煙草やシンナーを覚えていきました。

その中に仲の良い友人がいました。
彼女は小学校からの付き合いで、学力が高い子でした。

中学校になると出席日数の半分を欠席していましたが、定期テスト、県、全国の統一テストの時に現れ、テストを受けると帰っていきました。
そして後日結果を受け取ると、また登校しなくなるのです。

彼女は「自分の学力がどの程度のレベルなのか知りたいんだよね。」と言いました。
得意科目はほぼ満点、そうでない教科も9割以上を正解していました。

毎日学校に通っている生徒でも、そこまでの高得点は珍しいのです。
どうして答えられるのかと聞くと、一人でずっと勉強をしていると言います。

制服を着崩し、髪を金髪に染め、態度で威圧感を出していましたが、彼女の姿勢は勤勉でした。

「それなら学校で勉強したらいいのに。」

「学校はかったるい。教師が格好に口出してうるさいし、授業も簡単で面白くない。朝起きるのもしんどい。」

久しぶりに登校した彼女と話し込んでいると、「なんで麒麟があいつと喋ってんの。」「仲いいのか?」と他の生徒が遠巻きに話しているのがわかりました。気にせず話を続けます。

「高校はどうするの?」

「さあ。行かないんじゃない? 学校かったるいから。じゃあ、テストの結果わかったし帰るわ。」

放課になる前に帰っていきました。

格好いい彼女が好きでした。
彼女も私も口数が多い方ではありませんでしたが、私が両親と上手くいかないとき、黙っていても状況を見透かしているようでした。

小学校で仲の良かったグループは中学校に入ると皆がグレて行きました。
真面目な路線に残ったのは私だけでした。

私は気持ちを表情や態度、言葉に表すことが苦手でした。
親に反抗をしたら生きていけないと思っていましたので、非情に地味で大人しい生徒でした。

グレていく子は、私が知る限り全ての子が、親との関係を上手く築けていませんでした。

親に子どもの話しを聞く姿勢がなかったり、聞いても全く受け入れなかったり、暴力や暴言、ギャンブル、薬、過度なアルコール、経済的困窮がある家庭でした。

学区内にそういった家庭が多く集まる集合住宅があり、グレた先輩に引き寄せられていく環境ができていました。

彼女は高校に進学しませんでした。

連絡が取れなくなり、10年後にSNSで繋がることになりました。

中学を卒業後はアルバイトをして生活したといいます。若くして結婚し、子どもをもうけました。夫とはうまくいかず、離婚はしていないものの、悶々とした日々を送っていました。

彼女は高い学力を生かさないまま生活を送っていました。環境が違ったら、全く違う人生を歩んでいるように感じられました。

煙草を吸う中学生と大人

結婚し、第一子を出産して一年半がたった頃の話です。

夫がよちよち歩きの娘を連れて、近所の公園に散歩に出かけました。
すると5、6人の中学生が煙草を吸っていました。

その年は我が家が自治会の役員をしており、公園の清掃をしていました。

そんなこともあり、「吸うのをどうこう言うつもりはないけど、地面に捨てた吸い殻を集めてちゃんと捨てろよ。」と夫が優しく声をかけました。

少年たちは無言で反応をしなかったので、再度「聞こえてるだろ? 火を消したら、ゴミに捨てろよ!」と通りすがりに言いました。

数人が「うぃー。」と小さく返答しました。

夫は散歩を終えて帰宅しました。

帰宅後、「あいつらちゃんと吸い殻集めたかな。見に行こうかな。」と言い出しました。

私は「質の悪い子もいるから、娘は連れて行かないで。」とお願いしました。
第二子を妊娠中で、不安になりやすい精神状態でした。

夫はちょっと見てくると出かけていき、一時間半経っても帰ってきませんでした。

遅い。暴力をふるわれてるんじゃ……。
心配でたまらなくなりました。

公園は徒歩で3分ほどの近距離です。

探しに行こうと思いましたが、一歳の娘を一人で置いておくわけにいかず、トラブルの可能性がある場に連れて行くこともできず、戸惑いました。

すると夫が楽しそうに帰宅しました。時間は夜8時近くになっていました。

「ああ、よかった! 遅いから心配したよ。」

「中学生たちと話し込んじゃったんだ。楽しかったよ。」

夫が公園に行くと、中学生たちは煙草の吸殻を拾わないまま、まだそこにいました。

「拾ってないじゃん。拾おうぜ。公園の掃除はボランティアがするんだぞ。大変なんだから。」

少年たちは無反応でした。

「俺も煙草吸ったなー。運よく身長伸びたけど、煙草のせいで低身長になることもあるから、身長伸ばしたいならほどほどにしろよ。」

夫は家からビールの500ml缶を持ち出していました。
彼らの側にあったベンチに座り、飲み始めます。

「吸い殻拾いきるまで、ここで見てるからな。」

一人の少年が吸殻を拾い出し、持っていたコンビニの袋に入れ始めました。

「もう結構遅い時間だけど、家に帰らなくて大丈夫なの?」と夫が聞きました。

「親には見放されてるから。」

煙草を拾うこともせず、棒立ちだった少年が答えました。

「へー。そうなの? 心配してると思うけどな。」

「あいつら俺の心配なんかしねーよ。俺が何言ったって全く聞かず、端っから否定してくるばっかで。」一人の少年が言いました。

「そうか。それは嫌だな。」

他の少年達も口を開きました。

「何か言えば全部否定。」
「どうして親ってだけで偉そうにして、話をきかないの。」
「決めつけてかかって、俺たちを信用しない。」
「すぐ怒鳴る。手をあげる。」

「なるほど。それは親がおかしいな。」

具体的なエピソードを聞くことはありませんでしたが、少年たちが言いたいことが分かりました。

「まあでも俺は親になって、親の気持ちが少しわかるようになったよ。子どもが望んだままにさせることが、子どものためになるわけじゃないから。でも信用しないのはダメだし、端から否定するのはおかしいな。ちゃんと話をしないと。」

「俺らは見放されてるんすよ。だから、もうどうなってもいいんす。」

彼らは中学校3年生でした。

「高校どうするの。進学しないの?」

二人は進学すると答えましたが、他の少年たちは沈黙しました。

「行っても仕方ない。学校も親も、見放してるから多分行けない。」
「学校行ったって、腐った大人になるだけ。」

「そうか。高校は行った方がそのあと得だぞ。就職に響くからな。俺は勉強嫌いだったけど、損したくなくて高校に行った。でもバイクが欲しくて仕方なくなって、親に言ったら頭ごなしに否定された。ムカついて一時期高校に行かずにバイトして金貯めて手に入れたけど、事故って生死彷徨って長く入院したんだよ。結局留年して4年かけて高校を卒業した。」

夫は若い頃、やんちゃ者ではありませんでしたが、無茶をする人でした。

この話が少年たちに大いにウケました。

「親になって、バイクを欲しがった時に母親が反対した気持ちがわかったんだよ。母親が心配していた通り大事故に遭って、目覚めないかもしれないって宣告されたわけだ。その時の親の気持ちを思うと、悪いことしたなって思う。愛情があるから絶対に止めたくて頭ごなしに反対したんだしな。」

少年たちは黙って聞いていました。

「自分の都合でしか考えない親もいるから、一概には言えないんだけどさ。」

少年たちはじっくり聞き入っているようでした。

「留年するくらいなら退学しようかと思ったけど、意外と留年してからの方がいい友達ができたりして楽しかったんだよ。嫌だと思ってたことが、実は自分に合っていることもあるんだよな。」

その後専門学校に進むも、質の悪いからかいをし続けた相手を殴り、自主退学したこと。
別の専門学校を何とか卒業し、社会に出るも転職をしまくったことを話しました。

夫は根治の望めない難病患者です。
身体の一部に特徴が現れます。大きなコンプレックスを抱えて10代を過ごしました。
それを含め執拗にからかい(ほぼ虐めでした)続けてきた生徒を殴って退学しています。※賛否あるでしょうが、私は「よくやった!」と評価しています。夫の病気と精神面を書いている記事☟
☆ 夫の不倫の理由が「妻の病気からの逃避」の真実

待遇が不当なら、迷わず転職したこと。
ストレスを溜めながらも正当な賃金をくれるところで勤勉に働いていたら、現会社の重役にスカウトされたこと。
そこは横浜では有名な会社で、満足な給料を手に入れられたことを話しました。

「学歴がなくても入れる会社はあるけどな、やっぱり少ないよ。選択肢があるってことは、それだけ可能性が広がることだから、学歴はバカにできない。今なら間に合うから、行くことを考えてみた方がいい。俺も勉強嫌いだったけど、高校受験の時は勉強したもんな。」

「どこの高校だったんですか。」

夫は横浜生まれ横浜育ちで、現住所も横浜です。
少年達は夫が卒業した高校の名前を知っていました。

「すげー頭いいじゃないですか!!」

当時は決してレベルの高い学校ではなかったのに、どうやら今は進学校になっているらしいことがわかりました。

「当時はレベルが高くなかったんだけど、そんな高校であっても、一応卒業したから転職先が見つかりやすかったんだよ。同じ仕事をしていても学歴で給料が変わってしまう世の中だしな。」

「どうしてこんな話をしてくれるんですか。」
「俺たちが煙草を吸ってても、見て見ぬフリをして通り過ぎていく大人ばかりなのに。」

「たまたまだけど。悪い奴には見えなかったから。もしなにかあっても、腕っぷしで負けることはないと思ったし。」

夫は身長があり、筋トレをしていて体つきがいいので、体力面で負けないと思ったようです。

「一度親とちゃんと話してみるといいよ。」

そう言って夫は公園を後にしました。

「ありがとうございました!」って言われた、と夫は上機嫌でした。

少年たちの親が聞く耳を持つか、私たちにはわかりません。
どうかきちんと子どもに向き合う親であってほしいと願いました。

「あの子たちは、自分の話しを聞いてほしい、自分を見てほしいと思ってるんだよ。寂しさが行動に出てるだけ。決して性根が悪いわけじゃない。あの子たちを悪いという大人がいたら、その大人があの子たちを悪くしてしまっているんだ。」と夫は言いました。

やんちゃ者の正義感に助けられた話

夫が中学生と話し込んだ年の夏、私は自治会の夏祭りの実行委員をしていました。

世帯数1000を軽く超える自治会で、夏祭りは盛況でした。

そんな中、実行委員の年配の女性が「会場入り口で、トラブル発生!」と本部テントに駆け込んできました。

「不当駐車に注意をした交通整備ボランティアの高齢男性が、車の運転手に胸ぐらを掴まれました。近くの喫煙所で煙草を吸っていた少年が一部始終を見ていて、運転手に『お前が悪いんだからどかせ!』と凄みました。運転手と少年が睨み合いになっていて、喧嘩になりそうです!」

実行委員は高齢者ばかりである上、出払っていてほとんど人がいませんでした。
いるのは70代近い女性数人と私だけでした。

私は実行委員では一番若く、妊娠していましたが、止めなければと現場に向かいます。

現場が視界に入ると同時に、胸ぐらを掴まれたボランティア男性の無事が確認できました。
問題の車はちょうど去っていくところでした。

「あら、解決したの?」

私の横にはちょうど喫煙所があり、煙草を持った少年がすぐそばに立っていて、去っていく車を睨んでいました。

髪を染め、服を着崩して煙草を吸っていましたが、中学生か高校生くらいなようでした。
他に少年は見当たりませんでしたので、注意してくれた少年であることがすぐにわかりました。

「あなたが注意してくれたんだよね。 ありがとう。お陰で助かったよ。」

少年は驚いた表情を見せて「いや、あっち(車)がおかしかったから。」と小さく返事をして背中を向けて煙草を吸いだしました。

「ありがとうね!」と礼を言ってその場を後にしました。

私は少年が驚いた表情を見せたことに驚きました。
彼は正しいことをしても、礼を言われることが少なかったのだろうかと心配になりました。

喫煙所にはいい歳の大人がたくさんいました。トラブルを見ていたはずなのに、ボランティアを助けようとしたのはその少年一人でした。

「麒麟さん凄いわね。私は怖くて話しかけられないわ。」実行委員の高齢女性が私に言いました。

「普通の少年ですよ。いい子でしたね。助けられました。」

「そうね。でもやっぱり怖いって思っちゃうわ。」

親子関係や環境などがもとで傷つき、寂しさを感じると、それ以上傷つかないために自分を武装することがあります。
「ナメられたくない、下手に近づかれたくない」という思いがファッションや威圧的な態度に現れるのです。

彼もその傾向があったのかもしれませんが、正義感あふれる素敵な普通の少年でした。

性質と環境

子どもは生まれながらに持っている性質があります。
性質ごとに親の言葉や環境の影響の受け方が変わります。

そのため子育てに正解はありません。

しかし親が子どもに正面から向き合っているかは、子どもの心に大いに影響すると感じています。

子どもの声を聞くこと。
話し合う時間を持つこと。
いいところはしっかりと褒めることが大切です。

親との関係が拗れた後であれば、周囲とコミュニケーションを持つことによって、向き合うきっかけを作れることがあります。

子どもは親と社会が作ります。
叱りから入るのではなく、認めることから関係を築きませんか。

私も親として道半ばなので、自分に言い聞かせています。

どなたかの参考になりますように。

 

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