自殺者の家族と親族の10年間

私は自死者の親族です。
自殺が周囲をどれだけ傷つけるか、一生の傷を残すかを知っています。

一方で自死願望を長く抱えた経験があります。
現在は願望が薄くなりましたが、何かのきっかけで強く蘇ることがあります。
自死願望に苛まれる辛さがわかります。

自死を踏みとどまったから、今の幸せがあります。
親族の負う傷を知ることで、自死願望を抱える方が、違う道を探すきっかけになるかもという一縷の望みをかけています。

自死願望を抱える方は既に追い詰められていますので、辛い内容になると思いますが、それでも知っておいてほしいと思うのです。

自死者の家族と親族のその後の10年をお知らせします。

自死の知らせ

私は10代から長く自死願望を抱えてきましたが、人に話すことはありませんでした。結婚し安心できる家庭を持ったことで少しずつ落ち着きをみせていました。

ある日、従兄からメールが届きました。

「従兄弟だけでも集まって、墓参りをしよう」 何のことだかわかりませんでした。

完全な無宗教で、葬式に坊さんも呼ばない親族です。
当然、親族で墓参りをしたことはありませんでした。

「誰の墓参り?」 「Aの墓参りだよ。49日が済んだら、従兄弟で集まって行かないか」 「A!? Aが死んだの!? 何で!?」 Aは私の父方の伯父の息子で、23歳でした。

父は伯父、伯母、父の三兄弟で、それぞれ2人から3人の子ども(私を含む)がいました。
Aは従兄弟の中で一番年下でした。伯父の子どもは兄、姉、Aの三人で、とても仲が良かったです。

大抵の勤め先が近かったので、従兄弟で集まり、酒を飲むなどしていました。

「聞いてないの? なんで? 亡くなったんだよ。自殺だって」

従兄は母親(伯母)から聞いたといいます。伯母はAの父親である伯父からの連絡で知りました。亡くなったのは二週間ほど前というだけで、正確な日付も教えてもらえなかったといいます。

その時にはすでに葬儀を終えていました。
葬儀をいつしたのかも知らされませんでした。

「私は聞いてない。伯父さんはうちの父には連絡してないのかな? 母親に聞いてみる」

 

母に連絡をしました。

「ああ、聞いたの?」 「知ってたの!? なんで教えてくれないの?」

伯父が、麒麟や麒麟弟がショック受けるといけないから言わないでくれと口止めしたのだと言います。
当時私も弟も30近い年でした。隠さなきゃいけないような子どもではありませんでした。

「従兄は知ってたよ?」

「伯母さんが判断して伝えたんでしょう」

自死までの経緯

母方の叔母に、

「麒麟のお父さんの親族に自殺者が出ているのは、不安定で激高しやすい血筋があるからでは?」

と言われたことがあります。

母が祖母(母の母)と揉め、迷惑を被った叔母に、私が謝罪の連絡をした際に言われました。
叔母は母の激しい言動にストレスを感じて怒っていましたし、父がおかしいことも気づいていましたので、口が滑ったのだと思います。

「やはりそう思うんだな」と妙に納得しました。

実際父は不安定で、父の生い立ちを考えると家庭環境が大きく影響したように感じていました。
それならば、伯父(父の兄)も不安定さを抱えている可能性があります。
その子どもも影響を受けて育ちますので、私が長く自殺願望を抱えたように、Aも抱えていて、ついに踏み切ってしまったのかもしれません。

死ぬ前に

未だに何かがきっかけとなり、心が大きく揺れることがあります。ふとした時に危うさを感じるものの、生きていてよかったと、今は心から思っています。

自殺を考える時は周囲を見ている余裕などありません。

辛くて仕方ないのもよくわかります。
死んだら楽になると思っているのもよくわかります。

でも自分を大事に思ってくれる人が一人でもいるなら、その人に一生の傷を抱えさせたくないなら、死ぬ前に吐き出してほしいです。

死ぬのはそれからでもできます。
誰かを傷つけたくなくて黙っているのは間違いです。黙って死ぬ方がよほど傷つきます。

辛いときは誰も自分なんか見ていない、と思うものですが、実は違います。
死にたいときは脳にフィルターがかかっていて、見えなくなっているだけなんです。

本気で助けを求めたら、本気で向き合ってくれる人が必ずいます。
一人目で出会わなかったとしても、三人四人とぶつかれば、皆が少しずつ荷物を背負ってくれます。


幸福って、実は遠くないですよ。

 




誰かに届きますように。

 

伯父と伯母の話しを合わせると、下記内容となりました。

一浪をして大学に進学したAは就職先が決まらず、悩んでいました。
就職活動中、財布を落として失くしてしまいます。

実家暮らしのAは財布を無くしたと伯父に謝りました。
伯父は「そんなだらしないから就職が決まらないんだ。」と叱りました。

Aの兄と姉は実家を出て一人暮らしや結婚生活を送っていました。
夜、Aはいつも通り自室に入りました。

翌朝Aが起きて来ないので母親が見に行くと、ドアノブに紐を括り、首を吊っていました。

死後何時間か経っていたと言います。

 

遺書はありませんでした。(親族に伏せている可能性もあります)
警察が調べましたが、自殺と断定され、解剖はされませんでした。

母親は明らかに精神に支障を来しました。
家族だけで葬儀を行いました。

親族や友人には葬儀が終わってから伯父が連絡をしました。

その後も暫く母親は話せる状態になく、人に会うこともできませんでした。

親族の反応

「自分の子どもが自分より早く亡くなるなんてね。しかも自殺なんて。辛いと思うのよ」 私の母は泣き出しました。

私も自死願望を長く抱えていましたので、他人事ではありませんでした。

私の父は繊細で神経質なところがあり、頻繁に癇癪を起します。
母にも弟にも暴力をふるい、私が幼い頃は母を庇っていました。

祖父も暴力をふるう人だったと聞いています。
祖母や父を含め三人の子どもたちが殴られるのは珍しくなかったそうです。

父が伯父や伯母に外面がいいのは、家庭内が安心できる場でなかったせいでは? と考えたことがありました。

伯父がどういう人なのか、私はよく知りません。
ただ独裁傾向が強いことは感じていましたので、父同様に繊細な部分があるのかもしれないと感じていました。

私がかつて両親に悩まされ自死願望を抱えたように、Aも抱えていて、そこに就職や大学の名前のストレスが乗ってしまったのかもしれないと想像しました。

「伯父さんが、うちのお父さんのように追い詰めることを言ってしまったのかな」

「そんなこと言うもんじゃない! 親が一番追い詰められて辛い思いするんだから!」

「……そうだね。こんなことを言ってはいけなかった」

私の発言は全くの憶測にすぎません。
確証のないことを言ってはいけませんでした。
本当の理由は全く違うところにある可能性が大いにあるのです。

本人が語らずに逝ったのだから、周囲が憶測で責めては絶対にいけないのです。
Aも望んでいないでしょう。

Aは背が高く口数が少ない、普通の青年でした。彼女ができたり別れたりを普通の青年同様に経験していました。

Aは唯一無二の人間ですが、どこにでもいる、普通に生きて生活する一人の人間でした。
決して特殊な子ではありませんでした。

自死者家族と親族の付き合いの変化

「墓の場所だけ聞いて、従兄弟だけで見舞いたいと思うんだ。Aに労いの言葉をかけたいのもあるし、親族として気持ちの区切りを着けたい」

従兄が言いました。

「もっと話をすればよかった。一人で抱え込んだんだろう。口下手な奴だったし。もっともっと……」

従兄弟内で一番の長兄である従兄は責任を感じているようでした。

A兄とA姉とは連絡を取っていませんでした。
従兄弟がAの死を知っているのか知らないのかわからない状態なのは、A兄やA姉にストレスだろうが、切り出し方がわからないと従兄は悩みました。

自死から三週間ほどの時でした。
まだ早いと思いました。

少し時間を置いてから、A姉には私から連絡をすることにしました。
A姉は私と年が近く、従兄弟内で女性は二人だけでしたので、A姉が話しやすいだろうと思いました。

自死者の母親

49日を過ぎたころ、A姉に連絡をしました。

心配するだけで何もできなかったことを謝り、従兄弟だけで静かに墓参りをさせてもらいたいと伝えました。

「心配してくれてありがとう。私やお兄ちゃん(A兄)は少しずつ落ち着いてきた。
でもお母さんがずっとおかしい。

刺激したくないから、墓参りはやめてほしい。親族がお父さんに(伯父)電話をかけるのも今はやめてほしい。
お母さんが敏感になっていて、親族と聞くと、「家族」を思い出して酷く不安定になっちゃうの」

従兄弟で墓参りをする話は立ち消えになりました。A姉はA母と仲が良く、よく一緒に出掛けては写真を撮ってSNSにアップしていましたが、滅多に投稿をしなくなりました。

Aの自死直前にA姉の結婚式で親族が集まったのを最後に、年に一度の集まりはなくなり、その後に結婚式を挙げた従兄弟達は誰も親族を呼びませんでした。

 

そのまま3年~5年もの月日が流れました。

祖父母(父の両親)が亡くなって子どもたち(私や従兄弟達)が大きくなると、親戚づきあいがなくても支障がありません。
逆に言えば、一度関係が絶たれてしまうと修復しずらくなってしまうと母が話しました。

Aが死んだときにA母を刺激したくないなど言わず、親族を呼んで葬式をするべきだったと主張します。
そうすれば悲しみをみんなで共有できた。A母が何年もの間「親族に会うのが怖い」って恐怖を引きずらずに済んで、少しずつ過去にできたはずだと泣きました。

母の言っていることはわかりますが、A母の不安定さをA姉から聞いていた私は、刺激したくないという伯父の気持ちもよくわかりました。

葬式は家族だけでしたとしても、数年後でもいいから親族で一度集まって、A母を労ったり思い出話をする場があるといいかも知れないと考え、改めてA姉に連絡を取ってみました。

「当初よりはお母さんはかなり落ち着いたと思う。でもふとした時に不安定になって、危ない。集まりがあった方がいいのかなとも思うけど、刺激したくないし、お母さんは一生親族とは会わないかもしれない」とA姉が言いました。

親族の関係を修復するのは難しい。そう感じました。

 

親族内で誰もA母を責める人はいません。

私は当初伯父がきっかけになったかもしれないと思いましたが思い直し、A母については言葉にできないほどの辛さだろうと思っただけで、心配はしても責める思いは全くありませんでした。

親族は誰もがA母を心配していました。
しかしA母が親族を怖がっているのは明らかでした。

親や家族は、あの時こうしていれば、もっとできたことがあったはずなのに、と自分を責め続けます。
時の経過とともに少しずつ整理がついていくのですが、A母は何年も変わらず自分を責め続けていました。

自分のせいだと思い込み、周囲もそう思っていると思い込んでいるのかもしれません。

そうではないよ! と伝えたくても、親族がPTSDのトリガーになってしまっている今、下手に動くことはできません。

あれから10年が経ちますが、未だに親族の付き合いはなく、A母の精神も不安定なままです。

自死者親族の見られ方

母方の叔母に、

「麒麟のお父さんの親族に自殺者が出ているのは、不安定で激高しやすい血筋があるからでは?」

と言われたことがあります。

母が祖母(母の母)と揉め、迷惑を被った叔母に、私が謝罪の連絡をした際に言われました。
叔母は母の激しい言動にストレスを感じて怒っていましたし、父がおかしいことも気づいていましたので、口が滑ったのだと思います。

「やはりそう思うんだな」と妙に納得しました。

実際父は不安定で、父の生い立ちを考えると家庭環境が大きく影響したように感じていました。
それならば、伯父(父の兄)も不安定さを抱えている可能性があります。
その子どもも影響を受けて育ちますので、私が長く自殺願望を抱えたように、Aも抱えていて、ついに踏み切ってしまったのかもしれません。

死ぬ前に

未だに何かがきっかけとなり、心が大きく揺れることがあります。ふとした時に危うさを感じるものの、生きていてよかったと、今は心から思っています。

自殺を考える時は周囲を見ている余裕などありません。

辛くて仕方ないのもよくわかります。
死んだら楽になると思っているのもよくわかります。

でも自分を大事に思ってくれる人が一人でもいるなら、その人に一生の傷を抱えさせたくないなら、死ぬ前に吐き出してほしいです。

死ぬのはそれからでもできます。
誰かを傷つけたくなくて黙っているのは間違いです。黙って死ぬ方がよほど傷つきます。

辛いときは誰も自分なんか見ていない、と思うものですが、実は違います。
死にたいときは脳にフィルターがかかっていて、見えなくなっているだけなんです。

本気で助けを求めたら、本気で向き合ってくれる人が必ずいます。
一人目で出会わなかったとしても、三人四人とぶつかれば、皆が少しずつ荷物を背負ってくれます。


幸福って、実は遠くないですよ。

 




誰かに届きますように。

 
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