「副業禁止」の企業が少なくないのは、厚生労働省が提示した就業規則案にその文言があったからという説があるそうです。
税金が上がる一方なのに30年もの間平均年収が上がらないばかりか、下がっているという危機的状況の日本。副業を禁止するなら十分な賃金(手取り)を払ってから言ってくれ! という切実な声と共に、副業が一般化しています。
同時に、資産運用をする方が増えています。
資産運用や企業応援、株主優待を目的に「株」を買われている方もいらっしゃるでしょう。
しかし株は買っていても、株主総会に参加されている方はどれほどいるでしょうか。
私は日本では誰もが知る大企業の株主総会の裏方仕事をしていたことがあります。
株主総会は非常に「重い」仕事でした。
株主総会は株式会社が最も神経を割くイベントだからです。
現場のスケジュールはタイトですし空気も重いので辛い仕事でしたが、私には株主総会でしか味わえない「楽しみ」がありました。
それは株主総会中に株主が経営陣にする「株主質問」です。
「え!?」と耳を疑うような発言をする株主が少なくないのです。
頓珍漢な質問に、日本有数の大企業の社長や重役が答える様は中々面白いものがありました。
それらについて下記に記します。
株主総会の裏側
今から15年ほど前のことです。(2023年現在)
私はイベントの運営や施工をする仕事をしていました。
広告代理店に似た仕事です。
毎年6月には株主総会の仕事が複数入りました。
古い体質の大企業と仕事をするということ
私は株主総会の社内責任者になったことはありません。日本で古くからある大企業の株主総会は、協力会社であっても女性が主たる担当者になれないと暗に言われていました。(当時の話です。今は変わっているかもしれません)
そのため私は、現場を監督するチームの一員として参加しています。
株主総会と面子
当時はスマートフォンが出始めの頃で、多くの人がガラパゴス携帯を使用していました。
株主総会の中継配信は既に行われていましたが、「中継のみ」にすると株主から苦情が来るという理由で、都内一等地にあるホテルの大会場を借りて株主総会会場の設置がされていました。
会場に足を運ぶ株主は高齢者が多いので、配信への抵抗があったり、配信の見方がわからないという方がいるという事なのかもしれません。また、会場に足を運ばないと株主質問をしにくいという事情もあるでしょう。
一等地のホテルを会場に選ぶのは、保険会社が一等地に自社ビルを建てるのと同じように、「これほどの体力がある企業である」と示すためでした。
株主総会担当のストレス
株主総会を開く会社の担当者は、打ち合わせ時から緊張した空気を漂わせました。
株主総会は、会社の基本方針を決議する最も重要な場です。
長く続いた大企業は社長や取締役の入れ替わりを経て来た歴史があります。派閥や政治力でその場に就いた方もいるでしょう。株主総会では役員の解任をすることもできます。この場を丸く収められるかどうかが、社長や取締役の面子に関わるのです。
そのため株主総会の担当者は、準備段階からピリピリと張り詰めた雰囲気の重役とやり取りをすることになり、結果的に担当者もストレスを抱えることになります。
それは協力会社にも伝わり、現場は重々しい空気に包まれるのが常でした。
株主総会会場の工夫
総会の数日前に協力会社が会場入りをします。
宴会場に墨出が行われ、議長や取締役員たちが着席する壇上が建設されました。
役員の席と株主たちの席の間には、敢えて植物が配置されました。
役員と株主の席の間に距離を設けるためです。
距離を設ける理由は、怒った株主が役員に飛び掛かるまでに時間を稼ぐためでした。
植物が投げられないよう、持ち上げられない細工もされています。
容易に株主が役員席に上れないよう、壇上への道筋にも工夫がされていました。
これは一般の株主対策というより、「総会屋」対策です。
現在総会屋の名前は聞かれなくなりましたが、1960~80年代にかけて主に暴力団が少量の株を所有し、株主総会で暴力的行為をすることによって利益を得ようとする行為が頻繁にありました。
当時はいかに彼らを抑え込むかが重要な課題でした。法設備により徐々に総会屋が減っていったものの、古い企業の株主総会には名残がありました。
※ここ30年程度の会社の株主総会は中継配信が主であったり、簡素な会場設備であることが少なくありません。総会屋の脅威が薄まっている現れでしょう。
株主総会と警察の協力
私が関わった株主総会には、多数の協力会社と人員が導入されていました。
大工、表具屋、備品屋、電気設備、照明、映像や中継担当者、株主案内等の運営担当だけで数百の人員が関わるのですが、株主総会本番の裏でも、待機している協力会社が優に100名以上いました。
その他に会社の弁護士団や警察、企業担当者たちも別室に控えています。
各部屋には総会会場の中継映像が流されていました。また、関係部署を繋ぐ無線機の音も聴こえます。
総会中は協力会社やその他人員が株主の目に触れてはいけないと言われていましたので、私は協力会社控室に座って映像などを見ていました。
協力会社は設営開始から数日間夜通し作業をしており、ほとんど寝ていません。本番中は控室でぐったりとして休憩をしたり、仮眠を取りました。
警察の待機室には少なくない警察官が待機していると聞かされました。
実際に警察がどのように、どれくらいの人数が待機しているのか見られなかったのが残念です。
株主のおかしな主張
株主質問の答弁準備
総会前日に社長や取締役が現場に入ります。
登壇までの道順や席順、株主質問に返答する際に使うモニターの使用方法などが担当者から説明されました。
答弁をするデスクには株主から見られないようにモニターが仕込まれており、株主からの質問の答えが表示されるようになっています。
顧問弁護士が想定質問を作り、実際に議長(この時は社長)や取締役が答弁する模擬総会が行われました。
想定質問は企業体質や新製品の不足部分を突く、理論建てられた立派なものでした。
株主と企業の攻防
総会当日。
株主が会場に来る時間になると、運営以外の協力会社は控室に入って待機します。
運営担当者は企業から渡された要チェック者リストを持っています。
総会屋の生き残りと思われる株主リストと、一般の株主の中でも「面倒な質問をする人」のリストでした。
受付で要チェック者が来たことが分かると、無線で企業担当者や警察に伝えられました。また、どこの席に座ったかも会場内に設置されたカメラや運営によって伝えられます。
しかし私が総会に携わった6~7年の中で、要チェック者が暴れたことは一度もありませんでした。
私が勤めていた会社は無関係でしたが、株主総会直前に事故を起こして世間を騒がせた企業の話しを聞いたことがあります。株価が下がった影響で、通常2~3時間程度で終わるはずの総会が6時間以上続いたとか。
総会屋が騒いだのか、一般株主が苦情を寄せたのかは定かではありませんが、模擬総会から撤収時の空気は重いどころの騒ぎではなく、地獄だったでしょう。
企業の責任とはいえ、その総会に関わった協力会社に少々同情しました。
事実は小説より奇なり・株主のトンデモ注文
株主総会が始まると社長と取締役の紹介がされ、社長自ら今株主総会における議長就任の挨拶をします。(議長役は社長に限らないそうですが、私が携わった総会では一様に社長が担っていました)
会場に設けられた巨大モニターや会場内に設置された複数のモニターに数字や図解を用いた事業報告を映し出し、議長が説明します。その後今後の方針が議案として複数示されるのがよくある流れでした。
その後株主質問に移ります。
私は株主質問の時間が好きでした。
協力会社控室で耳を澄ませて株主質問を聞いていると、周囲に「株主質問の何が面白いの。どうしようもない質問ばっかじゃん」と言われます。
そうです。弁護士団があれだけ立派な問答想定集を作り、模擬総会で答弁の練習を重ねたにも関わらず、実際の株主質問は大抵しょうもないのです。
事実は小説より奇なり。想定より事実が妙なのは世の常なのでしょうか。
質問が私にはない発想なので、その株主の心境を想像すると新鮮で非常に興味深かったです。
もちろん、全てが意味のない質問ではありません。しかし3割程度は「おかしな質問(或いは要望)」と感じます。
その3割の株主が取締役の返答に納得せずに独自の理論を展開するので、時間が長引きます。体感では株主質問の7割が「おかしな質問」に割かれたと感じるほどでした。
因みに株主質問では挙手をして議長に指名されたら質問することができました。広い会場に数か所設けられたスタンドマイクまで出向くか、係員に席までマイクを持ってきてもらって初めて質問ができます。
大勢の注目を集めて発言することになりますので、相応の熱意がないと発言はできません。
それは君の好みでしょう? と言いたいけど言えない大企業の取締役
おかしな質問は毎年いくつかあるのですが、理論も根拠もない本当にしょうもないものなので、なぜか内容のほとんどを忘れてしまいました。
あれほど新鮮に感じた質問だったのに忘れてしまうとは、不思議です。あまりに私の思考とかけ離れているので、総会と紐づけて記憶できなかったのかもしれません。書き留めておくべきでした。
覚えているのはおかしな質問の中でも、割とまともなものです。
毎年あるのは、「株主得点を良いものにしてほしい」というものです。
なぜか彼らはそれを直接言葉にせず、遠回しに求めます。
現状の株主得点に納得していない旨を長々と語り、遠回しに、遠回しに「高価なものにして」と伝えるので、議長が「質問は簡潔にしてください」と何度も繰り返すことになりました。
返答を担当した取締役がなぜ現在の株主得点になっているかや今後の方向性を伝えるのですが、明確に「株主得点を高価にします」という返答ではないので納得がいかないようで、何度か問答が繰り返されました。
取締役がその場で得点を変更して限定することができませんので、これ以上の返答は難しいだろうと感じました。
最終的には「時間に限りがありますので、次の方の質問に……」という議長の文言で半ば強引に終わりました。
よく覚えているのは、ある男性株主がした「企業CMになぜ〇〇(タレント名)を起用しないのか」という苦情染みた質問です。
その企業はテレビCMを放映しています。
ある年の株主総会の少し前に、CMで起用していたタレントが変わりました。
AアイドルからBアイドルに変わったのですが、どちらも第一線で活躍する人気タレントでした。
CMの雰囲気も起用するタレントも「可愛い、元気、クリーン」なイメージを主としていて、「同じ傾向」で進めているように私には感じられました。
しかしその男性株主の中では「Aアイドルが世界で最も可愛く、価値のある子」と位置付けられていたようです。
なぜAアイドルを起用し続けなかったのか、BアイドルがいかにAアイドルより劣るかを延々と語りだしました。
男性株主はAアイドルがCMに起用されたから株主になったのかと想像しましたが、彼が自ら話した内容によると、Aより前に違うタレントが起用されていた時に株主になったそうです。
彼はA目当てで株主になったわけではないと、念を押して説明しました。そしてAがCMに出るようになりいかに企業イメージが上がったかを、根拠のない主観で主張しました。
協力会社控室では皆が眠い目をこすり、笑いながら、「この株主ヤバいな。Aの熱狂的ファンか」と口々に話しました。
男性株主が怒りを込めて話し続けるため、議長が遮り、要約して「なぜ現在のCMタレントを起用したかというご質問ですね。取締役〇〇担当の〇〇からお答えします」と伝えました。
指名されて答弁席に立った取締役は、「契約満了を持ってAさんから、同じく好感度が高いBさんに企業イメージのPRをお願いしております」
と、事実だけを伝えました。すると男性株主は「いや、だから……」と再度Aさんの魅力と、BさんがAさんに劣る(男性株主の主観)ということを話し続けました。
議長が再度止めに入ります。二度目の答弁席に立った取締役は「Aさん同様、Bさんも好感度は高く、人気があると認識しております」と言うにとどまりました。男性株主は納得がいかないようで話そうとしましたが、議長が「では決議に移ります」と遮り、着席を促されていました。
これがプレゼンの場ならAよりBを起用する効果を説明するのでしょうが、Aの熱狂的ファンの男性にそれを言っては逆上させかねません。我慢に我慢を重ね、男性株主に十分にAの魅力を喋らせたうえで終わらせるという方法が最善だったのでしょう。そのために犠牲になったのは、数十分の「時間」でした。
議長にも取締役にも、若干の苛立ちが感じられました。
「そりゃ、あんたの好みだろう! こっちはあんたの好みでCMタレント決めてるんじゃないんだよ」という心の声が聴こえるようでした。
株主総会の議決と社会の繋がり
多くの取締役が答弁の模範解答が映されるモニターを見ながら話をしましたが、ある取締役は答弁の内容を熟知している様で、モニターを見ずに自らの言葉で説明をしました。
質問がまともだったから答えやすかった、ということもあるでしょうが、理路整然として明解。さらに柔らかい物言いで、人としての魅力を感じさせる魅力的な答弁でした。
質問者もすんなりと納得し、席に戻って行きました。
株主総会は「どんな人物が企業を動かしているのか」を知るためにも、必要な場であると言えるでしょう。
私が仕事で携わった株主総会では、決議を拍手で取っていました。
多数の拍手が聴こえれば賛成多数とみなし、「承認されました」と議長が宣言して終わりました。
私はイベント業から離れて久しいですし、株を買っていないのでわからないのですが、また株主質問だけでも聞きたいです。
株は社会と金の一端です。株主質問には思考や思いが現れます。
その人が歩んできた人生が、社会と繋がっている場なのですよね。
弁護士が考える想定質問のように理路整然とはしていないのが興味深いです。
……企業にとっては厄介でしょうが。
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