見本帳はシリーズものです。
体験したことや、周囲に実際にあった話を元に、ダメな男、ダメな女、いい男、いい女として書いていきます。
大人しい妻
お互い第一子を産んで5か月ほどの時でした。
「可愛らしい女性」そのものでした。
産後の寝不足が続く時期だったこともあり、ママ友達の会話は子育ての辛さや手伝わない夫の愚痴が大半でした。
他のママ達が愚痴で盛り上がる中、いろはさんは笑って聞くことに徹していました。夫婦と生まれたばかりの娘の三人暮らしで、旦那さんは身長が高めで割と肉付きがいい、大柄で朗らかな雰囲気のある方です。
いろはさんがみんなの愚痴を柔らかい笑顔で聞いている姿を見て、旦那さんと上手くいっているのだと感じていました。
年子を妊娠
程なくしていろはさんが妊娠しました。
母体を守るため産後一年は妊娠しないようにと、病院や区役所で指導されていました。
そんなこともあって、周囲は驚きました。
しかし家庭ごとに考え方は違いますし、避妊に失敗することもあります。
身体の心配があるもののおめでたいことだと、皆がお祝いの言葉を送りました。
彼女はいつものように柔らかい笑顔で「ありがとう」と言いました。
切迫流産
いろはさんは第二子の妊娠中に切迫流産の診断を受けました。
対処法は安静にすることです。自宅軽い家事が可能なケース、ほぼ寝たきりになるよう指導されるケース、入院で絶対安静が必要になるケースなどがあります。
悪阻が辛く満足に食べられない中、幼い娘の世話をしなければならないので、切迫流産になるのも納得できました。
いろはさんは入院を求められましたが、幼い娘の面倒を見るために自宅で過ごすことを選びました。
旦那さんの実家が近く交流があると聞いていましたので、義両親に娘を預けることを検討しては、と声をかけました。
すると「夫が親に迷惑をかけたくないって言うの。」という返答が返ってきました。義両親は娘を可愛がっているけど、0歳児は風呂やうんちの世話がかかるからやらせたくないと言うのだそうです。
それでは旦那さんが帰宅後に家事や子どもの世話を頑張っているのかと思えば、これまでどおり家事も育児も一切やらないのだと言います。
全ていろはさんが時間をかけながらこなしていました。
それではお腹の子が助からないのでは、とママ友達が心配をしました。
旦那さんが買い物についてくるのを面倒がること、何とか連れ出しても荷物を持とうとしない話を聞いて、ママ友達の怒りは爆発します。聞けば避妊を求めたにも関わらず、旦那さんが応じなかった結果、今の状態になっているというではないですか。
自分勝手なダメ夫
家事、育児を自分の仕事と思わず、妻と子どもが大変な時にも手を貸さず、自分の親にいい顔をし、買い物をネットスーパーや生協で済ませようとすると「コストがかかる」と言って反対。
家に帰ってソファーに座ったら動かず、食事やお酒の世話は全て妻任せ。子どもと遊ぶこともしません。
次から次へとヤバい情報が出てきて、ママ友達の憤慨は続きました。
お腹の子どもを殺す気か!
いろはさんの命にも関わるのに!
切迫流産なめすぎだから!
「旦那さんに家事の負担を求めたり、寂しい気持ちを伝えてる?」と聞くと、「私は口下手だし、何かを言っても怒り出して理詰めで返される。そのあと何日も不機嫌なままになられるのがストレスだから、もういいの。」と諦めていました。
いろはさんは第一子の育休を取っている間に第二子の妊娠がわかりました。
育休に入る前の給料はいろはさんの方がよかったのですが、共働きであっても「家事は女の仕事」と旦那さんは一切を放棄していたといいます。
「今は私が仕事を休んでいて入ってくるお金が少ないから、余計に何も言えなくて。」
そりゃ、旦那が子ども作ったからであって、いろはさんのせいではない!!
子どもを作る責任は男女ともにありますが、ここまでたくさんの「ダメっぷり」が重なると、「旦那が悪の根源」と思えてなりませんでした。
この親にしてこの子アリ
あまりにひどい旦那さんの態度に、「こうなったら義母に言ってはどうか。」という話しが持ち上がりました。
「私もお義母さんから夫に言ってもらえないか、頼んでみようと思ってた。」
ある日訪ねてきた義母に話をしました。すると、
「あの子も仕事で疲れているのよ。一家を支えているのは男だし。休ませてやって。」
いろはさんは絶望感で一杯になりました。
父親に似ている夫
ママ友達は一歳未満の第一子を抱えていましたので、いろはさんの娘を責任をもって預かることができませんでした。
しかし買い物や昼食を差し入れるなどの手伝いをしていました。
「あの旦那はいろはさんに必要なのか?」と疑問に思うようになりました。
あるママがついに「大変な時に負担を強いる旦那さんとやっていけるの?」と聞きました。
「母親に相談したんだけど、結局耐えるしかないみたい。子どもがいるからね。」といろはさんが答えました。
いろはさんの父親も絵にかいたような亭主関白で、母親が耐え続けるのを見てきたというのです。
「この親にしてこの子あり」とはこういう場合にも当てはまるのだとわかりました。
無事出産
辛い環境に置かれながらも、無事出産に到りました。
年子の育児は大変で、ママ友の集まりにもたまに顔を出す程度になっていました。
第二子も女の子でした。
いろはさんに似て可愛らしい姉妹でした。
産後一年を待たず、いろはさんは職場に復帰しました。
相変わらず旦那さんは家事も育児もやらず、自分の世話さえいろはさんに任せていると言います。
それでも家で家事と育児だけをしている生活より、仕事をしている方が気が紛れるし楽しいのだそうです。
旦那さんといろはさんは同じ会社に勤めていて、違う職種でした。
いろはさんは保育園のお迎えに間に合うよう、時短勤務として復帰しました。
迷惑をかけないよう根詰めて仕事をこなし、何とか時短勤務内に終わらせて子どもを迎えに行き、家事をする生活でした。
そんな中、夫から思いもよらぬ提案がありました。「俺の肩身が狭いから、たまには残業をしてくれ。」と言うのです。
残業をしても家事育児は女の仕事
周囲に迷惑をかけないよう焦って仕事をするよりは、ゆとりをもってやりたいと思っていました。「じゃあ、私が残業するときは、子どもたちのお迎えお願いね」いろはさんは嬉しい気持ちで言いました。
ママ友達が「旦那にキレろ!」と背中を押したのですが、いろはさんは夫の言う通りたまに残業をし、家事育児をこなし続ける生活を選びました。
男の子が欲しい
職場に復帰して一年を待たず、旦那さんが「もう一人子どもが欲しい。」と言い出しました。
いろはさんはこれ以上子どもが増えたら手に負えないと反対しました。それでも旦那さんは諦めません。
「次は男の子が欲しい。」
旦那さんは子どもたちの面倒を見ませんでしたので、懐かれませんでした。
娘たちが母親の味方をするので、男の子が生まれれば自分の味方になると思ったようでした。
「母親も男の子を作れと言っている。」
「次の子も女の子かも知れないよ。」
「女じゃ困るから、産みわけの病院に通ってほしい。」
産みわけ? 失敗する確率が高いって聞くけど、仕事や子育てで手一杯なのに、お金を使って通う必要があるの?
いろはさんの中にモヤモヤとした気持ちが渦巻きました。
「あなたも通うの?」
「いや、産み分けは女の問題だから、通うのは母親だけでいいらしい。病院に行くときは子どもの世話をするから。」
旦那さんが自ら子どもの世話をすると言ったのは初めてのことでした。これがきっかけで子育てに関わってくれるかもと淡い期待を抱きます。
いろはさんは産みわけの病院に通うことにしました。
女性はXX、男性はXYの遺伝子を持っています。女性からはXの遺伝子のみが遺伝します。
つまり男性の精子XとYの二種類のうち、どちらの精子が卵子と結びつくかで性別が決まります。
XとYの精子はそれぞれに特徴があるため、一般的に排卵日当日に女性がオーガニズムに達した中で受精すると男の子、そうでない場合は女の子ができると言われています。
精子の割合も一般的にY遺伝子の方が多いというだけで個人差があります。
産みわけはオーガニズムに関係ないと感じています。(余談)
三姉妹の誕生
産みわけの通院の効果はなく、産まれたのは女の子でした。
いろはさんが通院する間も旦那さんは酒を飲み、肉や高カロリーのものを好きなだけ食べていたため、いろはさんが痩せているのと対照的にふくよかになっていきました。
「仕方ないことだけど、お前は女っ腹なんだな。」
大人しい妻がキレると怖い
「なんの努力もしてないくせに。」いろはさんはついに怒り、旦那さんにぶつけました。
「は? 病院行くとき子どもの面倒見たじゃん。」
「当たり前でしょ、親なんだから。それも家でテレビ見せてただけじゃないの。これまで一切面倒を見ず、お風呂も入れたことないじゃない。ふざけないでよ!」
「なんだよ、その言い方。ヒステリー起こしてんじゃねーよ。これだから女は。」
「子どもを可愛がれない親なんていらないのよ。そんな夫は要らない!」
「なんだよ、離婚したいならしてやるよ。どうせできないくせに。」
「離婚しましょう。もう私の親には話してあるの。子どもは普段保育園に預けて、フルで働く。夜は親の手を借りながらやっていくから。」
「はぁ!? 子どものこと考えない自分勝手な母親だな! 片親にしたら、子どもたちが可哀そうだろ!」
「家事も育児も自分の世話さえせず、妻に負担を押し付け続けている親を見て育つ方が問題よ。むしろ子どものことを思うから離婚するのよ!」
「じゃあお前が転職しろよ。職場で顔合わせるなんてごめんだからな。どうせできないくせに。」
「顔を合わせたくないならあなたが辞めればいい。私は子どもたちのためにも絶対に辞めない。フルで働けばあなたより給料をもらえるから生活できるわ。あ、養育費は払ってよ。子どもたちの権利だから。払わないなら職場で訴えて、給料差し押さえしてもらうから。」
「……。」
初めて妻のキレた姿を見た旦那さんは、本気度を感じて黙りました。
いろはさんがキレたのは、後にも先にもこの時だけでした。
ダメ夫
話しを聞いたママ友達はどよめきました。
いろはさんはいつもの柔らかい笑顔で話しを続けました。
「親に話してあるなんて嘘よ。うちの親は『耐えなさい』って言うもん。でももう耐えられなかった。産みわけを失敗して、娘たちをバカにされている気がしちゃって。人生で初めてあんなに怒ったかも。怒ると疲れるね。もう怒りたくないよ。」いろはさんは一層可愛らしく笑いました。
「それで旦那さんとはどうなったの?」
「ああ。」
その後いろはさんは離婚したいという姿勢を見せ続けました。旦那さんは「離婚してやる」と言いながら実はしたくないらしく、大人しくなりました。そして食事中のお酒を自分で用意するようになりました。
後に職場の同僚に聞いた話では、旦那さんはいつも、いろはさんや子どもたちの自慢をしているのだそうです。
奥さんと子どもたちを可愛いと思っているのがよくわかり、幸せそうなのだとか。二人の交際は旦那さんがいろはさんを好きになったことがきっかけでした。大好きないろはさんが自分の世話をしてくれたり、自分の望む通りに動いてくれるのが嬉しかったようです。
また旦那さんの両親も亭主関白で、母親が動くことが当たり前だと思って育っていました。
「その話を聞くと、旦那さんも可愛いところあるね。」
「いろはさんに甘え過ぎでムカつくし、それだけじゃ帳消しにはならないけどね。」とママ達が言いました。
「でしょ? 同僚から聞いたとき笑っちゃった。バカだなって。あれから段々自分で動くようになってるし、もう少し様子を見てもいいと思ってるよ。また以前のように何でも私に押し付けるようになったら、今後のことを考えようと思ってる。」
「好きで大切なら、態度でも表せよって感じだよね。」
「バカだね。でもいい方向に進みそうでよかったね。」
いろはさんは柔らかく笑いました。